Interview with the management経営者インタビュー

「こころ、ひとつになれる」お葬式そして会社創りを~(株)花駒~

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京都

2021.07.15

社会貢献/自己実現

「こころ、ひとつになれる」お葬式そして会社創りを~(株)花駒~

本日は京都府精華町に本拠地を置き、葬儀式場6か所、サロン2か所を展開される株式会社花駒の上野雄一郎社長にお話をお伺いしました。

血縁関係がない中での事業承継、現場への権限移譲、そして会社の軸となった理念がどのように出来上がったか。上場企業のグループ会社として今後のVisionをどのように描いているのか、様々なことをお伺いすることができました。

会社の創業についてお伺いしてもよろしいですか?

弊社は昭和39年創業、今年で55周年となる会社です。私が4代目になりますが、初めて血縁ではない人間が社長となった代でもあります。

創業者の駒一男さんは、元々は生花店としてスタートでした。だから「花駒」ですね。駒一男さんが戦後、木津の料理屋さんに就職しました。料亭という場所には、全部の部屋に床の間があり、そこに花をお届けにいったり、華道の先生にお花を提供するといった形で生花の事業がスタート。

それで3年ほどして葬儀事業を広げていきました。ですから葬儀をやりだしたのは、昭和43年の頃ですね。そこからずっと続けてきて、平成2年に創業者が亡くなり、その奥様が2代目になられます。甥っ子である小林前会長が平成11年6月に事業承継しました。

私が入社したのが平成12年のことです。前会長に誘われたのですが、当時はまだ家族経営の状態。創業者の奥様もいて、前会長のお母様や妹もいた。完全に一人だけ外部の人間が中に入る形です。ですから、せめて役員にしてもらえないか?との話をした上で、入社することになりました。有限会社花駒(平成12年6月)という会社ができたのはそのタイミングですね。

役員として入社されてから社長になるまでの道のりは?

3代目でもある前会長は、もともとはITがやりたかったみたいなんです。というか、自分で会社を立ち上げてやっていました。だから花駒を任せる人が欲しかったんです。

とはいえ、私も生花店出身で、葬儀に関しては全くの素人状態、手探りでやっていました。毎日喧嘩していたような気がしますね。ただそんな時でも前会長は私の味方となって応援してくれた。それが心強くて、うれしかったですね。

5年後には、社長を任せるといわれていたので、その期間はとにかく必死で働き、いっぱい稼がせてあげよう、小林家のために頑張ろうと心に決めて全力で走り続けました。

当時はお葬式が月5件ほどの会社。それが5年で月10件弱まで成長しました。その後、会館葬の流れもやってきたこともあり、平成17年にイマージュホール精華を建設。このタイミングで社長を事業承継することとなりました。

社長になって意識したことはありましたか?

駒一男さんが創業し、ずっと地域密着でやっていたので、花駒といえば駒一族の色が当然強いわけです。その中で私が事業を継ぐので、まずは上野という名前の認知をとにかく上げなければいけないと思っていました。

ですから、当時はもうすべてを一人でやっていました。現場は当然のこと請求書もつくるし、もちろん会計までやるし、とにかく何でもです。寝る時間もないぐらいでした。でもそれが苦ではなかったんですよね。

ただやっぱり限界で全然手が回ってなかったのは事実です。笑い話にしてはいけませんが、年間で40万円くらい請求書漏れがあったりしましたから(笑)

その後、スタイルを変えたのはいつの頃でしょうか?

お葬式の件数が300件を超えたくらいからですね。300件を越えたぐらいから、自分は前に出ることを徐々に辞めて、上野を売るのをやめました。それで私は経営をする時間を意識的に取るようになりました。その一つが船井総合研究所が主催していた、当時は「2世会」という葬祭業経営者の勉強会で、そこでの情報交換などは非常にためになりましたね。

今では新卒採用は当たり前にやっていることですが、その頃は新卒採用なんて全く反対でした。ただ、他社さんが実施して、成功しているのを見てやってみようと思い、今ではそのメンバーが活躍しています。それは本当に大きかったですね。

社長が第一線に出なくなる。そのきっかけとなったようなことはありますか?

ある時、足を骨折したんですね。そんな状態でも、松葉杖をつきながら、霊柩車の運転をしていたり、打ち合わせも若い子に荷物持ってもらってやっていました。それは、お客様にとって骨折してまでも頑張っている姿がいいんじゃないかという想いもあったんです。

ただそんな状態で仕事をしていたら、ある日火葬場で知り合いの葬儀社さんに声を掛けられて、「周りから見るとちょっと変だよ?」といわれました。あの会社は、骨折してまでもやらないと廻らないくらいの会社なんだと。親族さんからもそう見えちゃうよ?といわれたんです。

自分はお客様にとってもよかれと思ってやっていたことが、周りからは気の毒に思われていたのかと知ると、大きなショックでした。そして事務所に戻って、21歳の若いメンバーたちに通夜の司会をやってほしいと頼みました。そうしたらその子たちは「いいんですか?」とすごく前向きな感じ。とりあえず原稿だけ私が作って、実際に練習をしてみようとなりました。

そうしたら本当に上手にできるんです。なんでそんなにできるの?と聞いたら、若い子たちはそれぞれで練習をしていたんです。司会といえば、葬儀の現場では花形なんですよね。だからその子たちは、早くその現場に立ちたいと思っていたんですよね。

そんなこともあったので、今後は「葬儀の打ち合わせもやってみる?」といってやってみたら、それもできた。お葬式の担当を持つと、お客様との接点が格段に増えます。その分、感謝の言葉を頂けることも多いんですね。やっぱりそこに自分も早くいきたいと思っていたみたいなんです。

それから徐々に任せ始めると、初めのうちは「今日は上野さんじゃないの?」みたいなことを言われたみたいですが、それも悔しさに変えて頑張る。自分なりの工夫をするようになる。そしてどんどん成長する。

ある時、お客様に「今回はどうでしたか?」と聞いてみると、「上野さんの時より丁寧で良かったよ」なんて笑って言われる。やっぱりそういうもんなんだなと思いましたね。お客様にありがとうと言われる仕事をしてもらうのが一番いいんだと。私が全部やってしまうということは、彼らの成長を遮っていた事だと気付いたんです。

理念が形になったのはいつ頃ですか?

理念として掲げている「こころ、ひとつになれる」、これは2012年、新しいイマージュホールを作った頃にできたものですね。きっかけは先ほども挙げた船井総合研究所のコンサルタントから「理念を作りませんか?」という言葉がきっかけでした。当時はそんなことを考えたこともありませんでしたが、会社の普遍的な考え方、大切にするもの、と聞いて、それはいいなと思ったんです。

どんな言葉がいいかと悩みましたが、「最高のお葬式って何かを考えてみたらどうか?」と考えるための軸をもらい、その時に頭に浮かんだ言葉が、「こころ、ひとつになれる」でした。最高のお葬式というものを考えると、いろんな人の思いが一つにつながってまとまるものだと思うんですね。

社員とすれば、遺族の方たちと打ち解けあって、一つにならなければいいお葬式は生まれないですし、お参りに来た人たちが、単なる儀式に参加するのではなく、亡くなった人のことを思い出し、亡くなった人の心と一つになれる方が良いし、あるいは参列してくれた方が遺族に声をかける時も、そこに心があって想いが一つになれる姿が理想的です。集まってくれた人すべてが心ひとつになれる時間をつくる、それこそが最高のお葬式だと思ったんですね。

決してお葬式に限定されるものではないんですよね。

お葬式という言葉をつけるとその場面に限定されしまいます。だからその言葉はつけませんでした。理念が出来上がると、いろんな取組が理念で一つにつながっていきます。

当時からお客様に向けてやっていた提携店制度だったりイベント活動も、お客様と「こころ、ひとつになれる」という理念の元、お葬式のタイミングで初めて会うのではなく普段から関係性を作り、こころひとつの状態を作っておくことで最高のお葬式ができるのではないか、というような意味付けができました。

それはもちろん社員同士も同じで、こころひとつにならないといけない。だから忘年会やろう、経営方針会をやろうとなったんですね。一本ブレない軸ができたなと思いましたね。

お客様に向けて行った新たな取組はありますか?

「いのちのリレー祭り」というイベントをその当時から始めました。もともとは終活フェアという名称で、前年までやっていたものでした。理念を形にしたことをきっかけに、このイベントも考え直したんですね。私たちが一番やりたくないお葬式はなんだろうと。

それはやっぱり自殺で亡くなられた方のお葬式なんです。交通事故ももちろんいろんな感情が沸き起こるのですが、交通事故の場合、怒りの対象をどこかに持っていけるんですよね。ただ自殺に関しては、色んな人が自分にその刃をむけるです。自分が止めることができなかったのかと、あの時こうすればよかったとか、みんな自分のことを責める。

そうなると「こころ、ひとつになれる」は作れないんですよね。だから自殺者ゼロの町精華町っていいよね、自殺がなくなるといいよね。その為には、命の大切さを理解し、伝えていかないといけないよね。という流れの中で「いのちのリレー祭り」という形に変わっていきました。

まさに理念を形にしたようにイベントです。このイベントには200人くらいの人は集まります。

最近では催し物というよりも、学術的なものにもなってきていて、専門家を呼んでパネルディスカッションをしたり、ゲスト講演を行ったりしています。こういったテーマなので行政とも連携ができている。隣に大きな互助会ができてもびくともしないでしっかりとできているのは、こういった活動がお客さまにも伝わって、応援していただけているからこそじゃないかと思っています。

この理念は従業員にどのように浸透させていっているのでしょうか?

ちょうど先日も全体会議で理念の話をしていました。理念って、会社にとってどんなもんだろうね?と。そういう話はずっとしていますね。会議の場だけではなく、いろんな場面で「こころ、ひとつになれる」と関連しているか?という話はしています。

ですから社員はそのあたりの意識はしっかりと身についているんじゃないかと思いますね。まだ50人くらいまでは社員が何か判断をするときに軸として理念の話を直接できたので、それで浸透していくのは早かったんじゃないかと思いますね。

今は、50人を超えてきている中で直接一人一人の声をかける機会も少なくなってきたこともあり、全体会議といった場を使ってこのような話をするようにしています。

今後のVisionをお聞かせください。

葬祭業界で恩返ししたいと思っています。当社は東証マザーズに上場しているきずなホールティングスのグループ会社でもあるのですが、一緒に成長できる仲間をどんどん増やしていきたいと思っています。

お葬式っていいものだよということを一人でも多くの方に届けていきたい。それは消費者にとってもそうですが、葬儀の世界で働く人にとっても伝えたいことです。当社が上場会社のグループとなった理由も、せっかく働くならば地域の葬儀社の一社員で終わるのではなく、出向したり、新しいエリアでチャレンジしたり、そういった成長の機会をもっと増やしたかったという想いもあります。

私自身も花駒の社長としてだけではなく、今後は事業の立て直しだったり、新しいエリアの開拓など新たなチャレンジをする機会もあるかもしれません。どんどん新しい仕事をして、この業界に貢献していきたいですね。

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